アップル—「iTunes in the Cloud」開始で音楽業界復活?

音楽業界、アップルモデルに活路 ネット配信強化

米アップルは22日、クラウド型音楽配信サービス「iTunesイン・ザ・クラウド」のサービスを日本で開始した。

日本ではクラウド型の音楽配信における著作権の線引きが曖昧で、音楽業界もインターネットを介した配信に後ろ向き。しかしCD販売とネット配信の市場が同時に縮小する危機的な状況を受け、日本の音楽業界もネット配信に活路を見いだす方向にかじを切り始めた。
新サービスで市場縮小に歯止めをかけられるか。注目が集まる。

2012/2/23 【日本経済新聞】

「iTunesイン・ザ・クラウド」

こんにちは。iRify特許事務所・所長弁理士の加藤です。

さて、以前の『商標NOW』でも、クラウドサービスについてお届けしたことがありました。

それは―「Megaupload摘発事件」。
ファイル共有サービス「Megaupload」が著作権を侵害したとして、先月(2012年1月)、強制閉鎖に追い込まれた事件ですね。
この一件で、クラウドサービスの勢いは停滞するのではと案じられていました。

その矢先のことです。
アップルがクラウド型音楽配信サービスを、日本でも開始するとのニュースが入りました。

著作権の保護に関して厳格な考え方を固持していた日本音楽著作権協会(JASRAC)や、CD依存の体質を引きずる日本の音楽業界が、なぜ今、アップルのクラウドサービスに歩み寄りを見せたのか?
これからじっくり解説していきたいと思います。

米国・アップルがクラウド型音楽配信サービスを日本で開始

米国・アップルの日本法人は22日、クラウド型音楽配信サービス「iTunesイン・ザ・クラウド」のサービスを日本で開始したと発表しました。

サービスの簡単な流れは以下の通り。

  • 利用者がインターネット上のコンテンツ配信サービス「iTunesストア」で楽曲を購入。
  • 楽曲をアップルのサーバーに保存。
  • iPhone(アイフォーン)やパソコンなど多くの機器からインターネットを通じて、楽曲のデータを好きな時に呼び出せる。

その名の通り、クラウドコンピューティングを利用したサービスですね。
すでにアメリカをはじめ世界37カ国で利用できますが、日本ではサービスの開始が遅れていました。

…その原因って、一体なんだったのでしょう?

サービス開始の遅れ―日本では著作権の規制がネック

小型高性能ハードディスク ビデオレコーダ「ロクラクⅡ」

◆著作権を厳格に保護する最高裁判決
 ―「まねきTV」と「ロクラクⅡ」事件

日本でサービスの開始が遅れた原因の1つとしては、まず、「まねきTV事件」 と「ロクラクⅡ事件」の最高裁判決が挙げられます。

「まねきTV」と「ロクラクⅡ」は、共にテレビ番組のデータを、インターネット回線を通じてユーザーの端末に転送するサービスですが、「まねきTV」はリアルタイムの番組データを、「ロクラクⅡ」は録画データを転送します。

すごく単純化して言うと、番組データの“発信者”であるテレビ局と、“エンドユーザー”である視聴者の間に、データの卸問屋のような“仲介業者”がいるという図式ですね。

その仲介業者は、テレビ局から送られてきた番組データを保管し、そこからユーザーにデータを転送します。
仲介業者のところに送受信機の親機を置き、ユーザーのところに子機を設置。ユーザーがその子機を使って、主体的に受信の操作をします。

そして、こういった仲介業者のサービスが、最高裁には「著作権侵害にあたる」と判断されたのでした。

著作権法では、自分自身や家族など限られた範囲内で利用する分には、著作物を複製してもよいとされています(「私的使用を目的とした複製(著作権法30条)」)。

これに対して、「まねきTV」と「ロクラクⅡ」の事例では、“複製の主体”をユーザーではなく仲介業者とした上で、仲介業者は不特定の者に複製データを転送しており、その行為は「私的使用を目的とした複製」からは逸脱している、と最高裁に判断されたということです。

これは、“著作権者(ここではテレビ局)の保護”を重視した判断ですね。

◆著作権の目的

著作権には大きく分けて2つの目的があります。

  • (1)著作権者を保護すること
  • (2)文化の発展に寄与すること

「まねきTV」と「ロクラクⅡ」の事例からもわかるように、司法の判断は最終的に(1)を重視してきました。

また、当然ながら日本音楽著作権協会(JASRAC)や日本の音楽業界も、(1)の立場から、著作権保護に関して厳格な姿勢を貫いてきました。

そこへ来て、今、JASRACらは、一転してアップルのクラウドサービスに歩み寄りを見せているのです。
この姿勢の転換の背景は、一体なんなのでしょう?

日本の音楽業界とJASRACがアップルのサービスに歩み寄り―その背景は?

着うたフル」で市場を牽引してきたソニー・ミュージックエンタテインメント

◆配信市場に乗り遅れ
 ―日本の音楽業界がついに重たい腰を上げる

世界の音楽配信市場では、日本の低迷が際立っています。
世界においては、配信市場は拡大基調にあり、音楽産業に占める配信の割合は29%に達しているといいます。アメリカでは2011年、はじめて売上高で、音楽配信がCDを上回ったそうです。

しかし一方で、日本では配信市場は振るわず…。
市場をリードしてきたソニー・ミュージックエンタテインメントなどの「着うたフル」も、従来の携帯電話からスマートフォンへと移行する際に、機種によっては非対応になるなどといった問題から、大苦戦。
日本の配信市場は、2年連続で前年割れしています。

それだけではありません。
音楽配信だけでなく、CDの生産額も13年連続で前年実績を下回っており(「日本レコード協会」による)、CDショップも激減。
「日本レコード商業組合」に加盟するCDショップに関しては、この10年間で3分の1近くにまで減ってきているといいます。

こういった音楽業界の停滞感が、JASRACらの重たい腰を持ち上げさせて、今回ついにアップルのクラウドサービスへの歩み寄りにつながった、というわけですね。

◆文化庁のお墨付き―「クラウド配信サービスに著作権問題は発生せず」

さらに、文化庁の判断も歩み寄りを後押ししました。
政府はクラウド型の配信サービスを促進させるべく、以前から環境整備を進めてきました。

そして、文化庁は1月に有識者研究調査会の報告書をまとめました。
そこで、クラウド上のサーバーで音楽を複製し利用することに関して、著作権侵害には当たらないと結論付けているのです。

もし違法行為があったとしたら、違法データを扱う当事者同士の契約で解決すべきであって、クラウドサービス“そのもの”に関しては、著作権上問題は認められない、としています。

デジタル社会における著作権の捉え方として、国を挙げて進歩的な見方に変えていこうという動きが出てきたのは、ユーザーとしては歓迎すべきことですね。

デジタル社会における著作権のあり方―今こそ認識を見直す時期が来た?

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19世紀末の考え方に基づいた現行の著作権法は、インターネットなどデジタル化の波を受けて、抜本的な見直しの必要を迫られてきているように思えます。

当時と今とでは、「複製」の概念は違います。
アナログ時代とは違い、現在では著作物はデータとして保存され、複製されていくのが基本です。紙に複製する時代とは、その捉え方に変化があるのも当然なことではないでしょうか。

繰り返しになりますが、著作権法は、たしかに著作権者の保護を第一としています。
しかしながら、現代ではアナログからデジタルへと著作物も変容してきているのです。

著作物の性質が変われば、当然、その快適な利用方法も変わってきます。
時代にあった解釈で著作権を捉え直し、“著作権者の保護”と“ユーザビリティ”の正しいバランスを模索していくことが、文化の発展のためには重要なことだと思います。

今回のアップルのクラウド型音楽配信サービスが、日本の音楽業界を元気付けてくれることを、切に願うばかりです。

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